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突っ込み 其の弐「トイレ事情」 

まずこの2つを見て頂きます。
嫌日流03
嫌日流04

左:江戸の屋外のトイレ事情(女性が立って用を足しているので、おそらく上方)
右:韓国(おそらくは、李氏朝鮮時代)の屋内のトイレ事情


比較対照が違う点で、既に間違っているのですが(w


江戸時代のトイレ事情は、こちらのサイトに詳しく記されています。
http://www.sumainavi.net/column/col041214.html

以下、一部引用。

●美しい街づくりに貢献した路傍便所の普及

 一方、大都市では路傍便所(共同公衆便所)が登場し、これを設置した者が農家に売り、その代金を収入として得ることが出来ました。つまりトイレを作って往来を通る人のを集めればカネになるということです。京都のある人物などは、村の数カ所に公衆便所をつくりたいという「雪隠設置願い」を幕府に提出し、これによる収入で住まいの修繕費を賄ったという記録もあります。
 また、当時日本にやってきたある南蛮人の記録には、路傍の公衆便所に感嘆した、とあります。実はヨーロッパの都市では、江戸時代中期にあたる18世紀になっても、“おまる”にしたソレを、家の窓から裏通りに投げ捨てる人が多く、いつも異臭が漂っていたのです。これに対し公衆便所が発達し、リサイクルされる日本の都市は、世界的にも最も清潔な街だったのです。
 こうして、公衆便所や長屋の共同便所、農家の外便所、武家屋敷や商家の便所というふうに、便所の設置は全国各地に広がり、その装飾も工夫するようになっていきます。
庶民のトイレ
裕福層のトイレ

●モースが絶賛した日本のトイレ建築

 トイレビジネスが発達した江戸から、ついに明治時代へ。この時日本にやってきた学者E・モースは、当時の日本の住まいについてたくさんの記録を残しています。その中に「便所といえど日本家屋では芸術的感性ある職人がこれに注意を払っている」というトイレに関する記載もあり、町中と田舎の便所の例をあげています。
 一つは、東京浅草の商家の便所で、戸に様々な色の材質の木を用いた象眼細工の模様があり、美しい指物細工の見本のようだと絶賛。もう一つは、日光近くの旅籠の便所で、渡り廊下の縁取りの自然の木の幹や、便所の入り口に使われた葡萄づるのアーチなどの素材に注目し、外側の竹垣や植木の趣味を褒め、木製の四脚台と手洗い桶が外国人にも使いやすい設備だと記述しています。
 便所は生活に根ざした場所であるにもかかわらず、欧米人より日本人の方が空間的な豊かさを追求していると高く評価しているのです。
 トイレをビジネスとして普及させていくと同時に、住まいの中の大切な文化としても発達させたというのは、日本人として世界に自慢出来ることなのかもしれませんね。

韓国では捨ててしまう排泄物ですが、日本では肥料として再利用し
そのために、トイレの設置・設備などは幕府でも奨励されています。


>百姓は、肥、灰調べ置き候義、専一に候間、雪隠を広く作り、雨降り時分、水入らざるように仕るべし
このように、雨水が入らないようにとお触れが出ているため
屋根が無いトイレはありません。(雪隠せっちんとは、トイレのこと)
漫画のような囲いも無い公衆トイレはありません。


さて、李氏朝鮮時代の屋外でのトイレ事情とは、どうなのでしょうか?
興味深いのは下の書籍です。

朝鮮紀行―英国婦人の見た李朝末期 朝鮮紀行―英国婦人の見た李朝末期
イザベラ・L. バード (1998/08)
講談社

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朝鮮紀行―英国婦人の見た李朝末期 / イザベラ・L. バードより一部引用

都会であり首都であるにしては、そのお粗末さはじつに形容しがたい。
礼節上二階建ての家は建てられず、したがって推定25万人の住民は主に
迷路のような道の「地べた」で暮らしている。路地の多くは荷物を積んだ
牛同士が擦れ違えず、荷牛と人間ならかろうじて擦れ違える程度の幅しかない。
おまけに、その幅は家々から出た糞、尿の汚物を受ける穴か溝で狭められている。
酷い悪臭のするその穴や溝の横に好んで集まるのが、土ぼこりにまみれた半裸の子供たちと、
疥癬もちでかすみ目の大きな犬で、犬は汚物の中で転げまわったり、日向でまばたきしている。

ソウルの景色のひとつは小川というか下水というか水路である。
蓋のない広い水路を黒くよどんだ水が、かつては砂利だった川床に堆積した
排泄物や塵の間を悪臭を漂わせながらゆっくりと流れていく。

水ならぬ混合物を手桶にくんだり、小川ならぬ水たまりで洗濯している女達の姿。

周囲の山々は松の木が点在しているものの、大部分は緑がなく、
黒い不毛地のうねりとなってそびえている。

Seoulには芸術品がまったくなく、公園もなければ見るべき催し物も劇場もない。
他の都会ならある魅力がSeoulにはことごとく欠けている。古い都ではあるものの、
旧跡も図書館も文献もなく、宗教にはおよそ無関心だったため寺院もない、
結果として清国や日本のどんなみすぼらしい町にでもある、堂々とした
宗教建築物の与える迫力がここにはない

道は排泄物を受ける穴か溝で、余計に狭い。

下水か小川か判断つかない水路があり、そこに手桶に汲んだり洗濯をしている。
しかも首都であるソウルの事情です。




どっちが未開なのかしら?


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[ 2006/02/08 20:17 ] 嫌日流関連 | TB(0) | コメント(-)

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